「そうだよね,良かった!やっぱり会って話すと気持ちがちゃんと伝わるよ!」
コーヒーショップで1組の恋人同士が話をしているときに,嬉しそうに彼女は言いました.昨晩の電話で口論となった2人は埒が明かないので会って話をすることとなったようです.人間がface-to-faceで話をするときは単に言葉を耳から聞いているだけではなく,相手の口調,うなずき,ジェスチャーなどを自然に観測しており,言葉の奥に隠れた真の気持ちを読み取ることによってコミュニケーションを豊かにしています.電話で話だけを聞いていると相手の反応がわかりにくく,おそらく問題があったことを説明するにしても言い訳がましい単語が長々と続き,聞く耳さえ持たなくなっていたのかもしれません.別の例を見てみましょう.
「バスがなかなか来ないなあ.待てよ,今日は祝日だから休日ダイヤだ!」
このような経験を誰もが一度は経験したことがあるのではないでしょうか?しかし,もし,バス停へ出かけようとしている時に家の玄関のインターホンのスイッチが入り,スピーカから,「今日は祝日なので電車やバスのダイヤには注意しましょう!」,と音声メッセージが流れたらこのような失敗を減らすことができます.
これらの例に共通していることは,人間がそのとき置かれている状況を自動的または自然に取得し,それをもとにその人が必要としている情報などを判断し,知らせていることです.最初の例のように,人間と人間との間ではごく当たり前に行われますが,相手がコンピュータの場合はそう簡単にはいきません.このように,人間とコンピュータとのコミュニケーションをより豊かなものにするために近年活発に行われている研究が,コンテクストアウェアネスです.
では,コンテクストとは何でしょうか?研究社新英和辞典でcontextを調べてみると,「(1)[文章の]前後関係,文脈,脈絡,コンテクスト,(2)[ある事柄の]状況,環境」,と書かれています.(1)は文法用語そのものなのであまり役に立たないかもしれませんが,(2)はまさにここで述べたい内容であることがわかるでしょう.これを踏まえてコンテクストアウェアネスとは何かを考えると,コンテクストを取得および解釈し,それをもとにユーザが必要とする情報やユーザにとって有意義な情報を判断すること,と定義することができます.言い換えると,「空気を読む」,という行為に近いと考えることができます.
コンピュータがコンテクストを取得するとは,例えば,センサから気温,加速度,位置などを取得する,コンピュータやインターネットから予定表,天気予報,株価などを取得する,などが考えられます.センサから得られる直接的なコンテクストは一般的に低位レベルのコンテクストであり,それだけでは人間にとって有効にはたらく情報とはなりにくい場合が多いです.例えば,現在の時刻が「午前11時38分」というだけでは,単なる時間情報になってしまいます.しかし,そのときに人間がいる場所がレストランの近くだった場合は,「昼食」という上位レベルのコンテクストと考えることができ,その人にお薦めのメニューなどを提供すれば,それは立派なコンテクストアウェア・サービスとよぶことができます.
コンテクストアウェアだけではなく,それによって提供されるサービスがなくてはせっかくのコンテクスト取得が無意味になってしまいます.言い換えると,空気を読むだけではなく,それをもとに起こす行動が意味をなします.そして,その行動の良し悪しがコミュニケーションを豊かにするかどうかの鍵になるのです.入力だけではなく,適切な出力を制御する判断が,人間にとってもコンピュータにとっても重要だということが理解できますね.
参考資料:
上岡英史, "コンテクストアウェアネスを用いたアプリケーションの研究動向," 情報処理学会誌, Vol.44, No.3, 2003, pp.265-269.
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